Other World

Other Would


昔、創造主がいた。






今から遠い遠い過去の話。
地球から離れた場所に一つの異空間があった。
その場所には見えない、聞こえないものがあった。
つまり、何も無かった。
そしてその場所に、果ては無かった。
迷い込んだら最後、出てこられない迷路のように。
曲がり角なんて、無い。
突き当たりなんて、無い。
ただ、空間が広がるだけなのだ。
なぜこの場所ができたかなんて誰も、知らない。
何のためにこの場所ができたかなんて誰も、知らない。

地球でいう、数日後。
この場所に、変化があった。
それは何か?
この迷路に迷い込んだものがいたのだ。
彼は、この空間を歩いている。
いや、歩いているとわけではない。
漂っている、という方が正しいのかもしれない。
…彼は、漂うようにこの空間を進んでいった。
彼の名は『太陽(たいよう)』。
燃えるような深紅の髪と橙の瞳。
まるで炎を纏っているかのように。
彼は、一人だった。
見たものは、出口の無い空間と、自分の身体。
聞いたものは、自分の声だけ。
知っていたものは、自分の名前だけ。
ここが、出られない場所と理解するまで時間がかかった。
何度も出られないものかと動き回った。
どこかに何かあるはずだと。
どこかに誰かいるはずだと。
しかし何も無かった。
しかし誰もいなかった。
彼は、一人だった。
彼は、彼自身が生まれた意味を知らなかった。
一人だと知ったとき、彼は怖くなった。
どうして僕はここにいるの?
僕は死ぬまでここにいるの?
ここはどこなの?
どうして僕は生まれたの?
問うても誰も答えてくれはしない。
だって、誰もいないのだから。
それを知ってから、彼は声を出さなくなった。
意味が無いからだ。
誰かに向けて何かを言っても、返ってくるのは静寂だけ。
どこにぶつかるのかは知らないが、自分の声が返ってくる。
壁なんて、どこにも無かったのに。


そう、彼は一人だった。
何も知らぬ子供のように、何かを探し求めていたのだ。
一人は嫌だと、泣き叫んでいたのだ。
それでも、彼は一人だった。


この空間に炎が灯った日から、どのくらい経ったか。
彼は、漂うように進んでいた。
どこに向っているのだろう。
それとも、無作為に選ばれたただの悪戯だろうか。
自暴自棄に陥っていた。
どうせ、何も無いんだろう?
どうせ、誰もいないんだろう?
きっとここがどこだかなんてのは誰も知らないんだ。
僕がここにいるっていうことも、誰も、知らないんだ。

僕は一人だ。








空間に、一筋の光が差し込んだ。
それは、何?
その光はますます輝きを増し、そして最後には彼の全てを覆った。
燃え盛るような炎の髪も、ちかちかと光っていた。
その光は、何も無いはずの場所から放たれていた。
彼の目の前に、何かあるのか。
彼は、恐る恐る右手をその光にぶつけた。

また、通り抜けるかもしれない。

一瞬不安がよぎった。
手が躊躇するように止まった。
でも、もしかしたら……
汗ばむ左手をぎゅっと握って、右手を、押し付けた。
目をつぶって祈っていた。
誰に?さぁ、誰にだろう?

結果的には、そこには何かがあった。
しかし、感想という感想もなく、感動という感動もなく。
何かがある、とそう感じただけだった。
この光に、目の前にある何かに触れるまで迷っていた自分に、嘲笑した。
これが、普通のことなんだと悟ったからだ。
当たり前のことなんだ。
この空間がおかしいだけなのだ。
ではこの空間に何があるのだろう。
触れた。
でも、それが何かわからないから。
どうしてわからないのか。
見えないからだ。
まぶしい光以外はいたって変わらず、静かに彼を見守ってるのだ。
触れた右手は離せないでいた。
離してしまうとまた戻ってしまうように感じたのだ。
孤独の世界に。


『ここから出たいか』


不意に、声が響いた。
そのまま自分の頭の中に囁きかけてくるようで、語りかけてくるようで。
どこから聞こえてくるのか。
…きっとこの光だろう。
他にどこから聞こえてくると言うのだ。
今まで、何も語りかけてこなかったのに。


『ここから出たいか』


光はもういちど言った。


「出れるのなら、出たい。もう一人は嫌だ。
 それからお前は誰だ?
 なぜ、僕は生まれた?
 なぜ、僕はここにいる?」

『一度にそんなに質問されても困る
 それに、わたしは全て答えられるわけではない
 ―――まず、わたしは『硝子(がらす)』だ』

「僕は、…『太陽』だ。」

『お前は創られた
 ここにお前ががいるのは、そういう運命(さだめ)だからだ』

「運命?」

『そうだ
 変えることのできない運命だ
 そして、わたしにここで出会うこともまた運命…』

「お前…『硝子』…はどうしてここに?」

『運命だからだ。』

「それも、運命?」

『そうだ
 …もういいか
 もう一度聞く
 ここから出たいか』


「出れるのなら、出たい。」

『それがお前の意思か』

「……そうだ。」

『ではその願い、聞き入れよう』


光は彼を包み込み、やがて消えゆく。
光とともに、彼の姿はなくなっていた。
また、静寂が戻って来る……。









『…これも、また運命』

『硝子』は、呟く。
見えない空間の裏には、『太陽』がいた。
そこは地球というひとつの星で、今その星に、光が溢れた。
燃え盛る炎のように、はたまた泣き叫ぶ子供のように。

『硝子』はいつまでも待ち続けている。
誰かがこの場所に辿り着くまで。
そう、きっと今でも。






昔、創造主がいた。
今は…。
私もまた創造物。
逃れられない運命が待っている。