毒に侵される

ああ、甘い甘い毒が、私を侵していく。





『毒に侵される』





どうしてこうなったかなんて覚えてない。
まぁ例え覚えていたとしても関係ないけどね。
だってそんな情報がこの状況をどうにかできるとは思えないから。

「気分はどう?」

いいわけねぇだろこのやろう。
そんな意味を込めて目の前の男を睨んでやる。
だって私はこれしか抵抗する術を知らない。
それにこんな状況じゃ知っていてもできないと思うし。

「ふふっ。そんなに恐い顔しなくてもいいじゃない」

「…誰がこんな顔させてんの」

「あ、やっぱり俺?」

他に誰がいるって言うんだよ。
馬鹿でしょ。
そう思いながら男を睨むと同時に部屋を見回す。


真っ白い部屋。


清潔そうなベッド。


それの柱に繋がれた鈍く光る手錠。


私を拘束する、手錠。


手錠以外はこの男、一応は私の彼氏のはずの男の、いつもどおり見慣れた殺風景な部屋。
…本当、彼氏だと思ってたのに。
それなのになんで手錠なんてかけられてるんだろう。
意味がわからない。

休日だからということで彼の家に来て、世間話でもしながら宿題のわからなかったところを教えてもらって。
で起きたらいつのまにかこんな状況になっていた。
たぶんさっき飲んでいた紅茶に睡眠薬でも入れられたんだろう。
だって人の家でいつのまにか寝るほど私は寝不足ではなかったはずだから。
それで眠らされてる間に手錠を付けられたんだ。
少なくとも意識を失う前にこんな悪趣味なものを付けていた覚えなんてない。

「ねぇ、これ外して」

手元の手錠をジャラジャラと鳴らして示しながら言ったら、男は少し考えるそぶりをみせてから、にっこりと笑った。

「嫌」

「……」

無駄だとは思っていたけど、あまりにあっさりと返されてちょっと脱力。

「じゃあ、何がしたいの?」

「何って?」

「とぼけないでよ。こんなことまでして一体どういうつもり?」

「ああ、そのことか」

そのことって、この状況で他に思い当たることなんてないと思うんだけど。
…この男にはあるのかもしれないけど。

「俺は、君を閉じ込めたいだけだよ」

こんな風に優しく微笑まれると、手錠をかけられているのなんて嘘じゃないかと思う。

「…どういうこと?」

「そのままの意味だよ。君を、誰にも見えないところへ閉じ込めるの」

「…よく、わからない」

「そうだろうね」

「……」

私がわからなくても関係ない、というように言う。
やっぱりこの男が考えることはわからない。
前から確かにそういうところはあったけど、ここまでじゃなかった気がする。

「あんまり、抵抗してないみたいだね」

「…え?」

「だってこういうときってもっと抵抗するものなんじゃないの?俺的にはこの方がいいけどね」

…抵抗は、一応してるつもりなんだけど。
この男には通じてないのだろうか。

でも、本当に嫌なら手錠を引きちぎるくらいに暴れてもいいものだとも思う。
…きっとそれは痛いだろうけど。
なんで私はこんなにも冷静なんだろう?
あまり事態を重く考えていないような、そんな感じに。

「自分でもわからないの?」

「…うん」

「ふぅん。なら答えは簡単だよ。君はこの状況を嫌がっていないんだ」

「…は!?そんなわけないでしょっ!!誰が手錠なんかで繋がれて嫌がらないっていうのよ!!」

「じゃあなんで君は暴れたり泣き叫んだりしないの?嫌ならそうすればいいじゃない」

「それは……。そ、そうしたら手錠外した?」

「外さないよ」

即返される答え。

「でしょう!?だから私は言わな、かった…」


違う。


そうじゃない。


外してくれないのをわかってたから言わなかったとかそんなんじゃない。
本気で外してもらうことを望んでいなかった、から…?


「答えは出た?」



答えは、出ていた。
私は気付いてないうちにあなたの毒に侵されていたんだ。



狂ったように甘くて深い、猛毒に。